コラム

書評Vol.1

2017年04月28日

2017年 5月 2日 書評Vol.1

私はさほどの本読みではありませんが、62歳のこの年まで、歴史小説が好きで、
司馬遼太郎や浅田次郎の歴史小説を折に触れて読んで来ました。
しかし、読みっぱなしでは何か物足りない。
そこで、読み終えた歴史小説については、書評を書いて見ることを思い立ちました。
何回書くかはわかりませんが、名付けて「書評十選」です。
Vol.1は「満州国演義全9巻」です。

1 満州国演義の作者は、直木賞作家の船戸与一先生です。
がんを患いながら、最終の第9巻を書きあげ、
使命を果たしたかのように平成27(2015)年4月22日にお亡くなりになりました。
1944年生まれなので、享年71歳でありました。
この本は2005年から週刊新潮に連載されていたものであり、
2007年の第1巻の刊行から書き下ろしの第9巻が2015年に上梓されるまで
約8年の歳月が経過していました。
原稿枚数7500枚超、10年がかりの大事業でした。

2 満州国演義は、昭和3年から昭和21年に至る時代のうねりを包括的に描き出します。

昭和恐慌の中の満州事変前夜、張作霖爆殺事件から敗戦直後のソ連侵攻、
国共内戦前夜までの昭和の初め20年近くの満州という現象を、
事実と創作のバランスを計りながら書きあげたものです。

歴史上の人物がふんだんに登場しますが、
東京麻布(霊南坂)に生を享けた敷島家四兄弟を軸に物語が展開されていきます。
長男太郎は、東京帝国大学法学部を卒業した外交官ですが
満州国の建国と共に国務院外交部の高級官僚になります。
次男次郎は、20歳の時に新橋でヤクザと喧嘩をして左目を失明して、
満州に渡り緑林の徒となり、馬賊の頭目として満州の荒野を駆け抜けます。
三男三郎は、陸軍士官学校を出た秀才で、関東軍憲兵隊の花形大尉として活躍し満州全土に名を馳せます。
四男四郎は、早稲田大学に入り、燭光座という劇団に属して無政府主義にかぶれますが、
若い義母と関係を結び、それを知ってゆすって来た特高を殺し、
魔都上海に渡り阿片に溺れながらも東亜同文書院に入り中国語の読み書きを覚え、
天津の華字新聞社、新京の満映、関東軍情報課に属します。

3 本書は、実在の人物群像を登場させ、他方創作上の敷島家四兄弟に物語を語らせ、
国家と個人、組織と人間、日本とは何か、日本人とは何かについて踏み込んだ歴史小説です。
正に船戸与一版「戦争と人間」というべきものであります。

従来の満州史では見落とされがちな史実も丹念に拾い上げ、血湧き肉踊るドラマとして読ませる船戸氏は、
「歴史は小説の玩具ではないし、小説は歴史の奴隷でもない。」と話します。
物語は彼ら創作上の人物によってのみ語られ、
実在人物の言動は可能な限り客観的な史実に拠るストイックな姿勢が感動的です。

船戸氏は、「当時起きたどんな事象も、後世の高みから断罪する気はないからね。
満州と聞くとすぐ日本の侵略となじる連中も、もしその場にいたら何をするか知れないし、
俺らの世代は″状況が人間を作る″ってことが身にしみている。
過酷な状況に置かれた人間がどう行動するかを、一切の是非も感傷も抜きに書いたつもり」と話します。

とはいえ、「日清・日露の二つの戦争で獲得した国外の権益を守ることに始まった明治日本の夢と欲望は
やがてとどまるところを知らないものとして溢れ出す。
韓国を併合し、台湾を割譲させ、満州国をでっち上げて、
何もかもが怒涛逆巻く濁流に飲み込まれるように流され、昭和20年の破局を向かえる。
日本が西欧列強と闘った結果として、「あの戦争」があり、
戦火は満州に始まり中国大陸全土に広がり、東南アジア、西太平洋全域に及んだ。
この大日本帝国のアジア侵略の歴史ほど、現代日本にとって、史実として重いものはなく、虚構の入る余地はない。
したがって、あの戦争ほど小説になりにくいものはないが、
作家の筆はさまざまな人々の想念と記憶が織り成す歴史の重層性を掘り起こしつつ、
戦争自体の是非を超えて、その時その場所に置かれた人々を描いている。」のです。

4 以下第1巻から第9巻まで、出来事、主要な登場人物をまとめて見たいと思います。

第1巻(風の払暁・かぜのふつぎょう)―昭和3年~。
昭和3年6月4日張作霖爆殺事件(満州某重大事件)。満蒙問題は日本の生命線である。

第2巻(事変の夜・じへんのよる)―昭和6年~。
昭和6年9月18日柳条湖事件、満州事変。
関東軍高級参謀、板垣征四郎大佐、石原莞爾中佐。世界最終戦争論。第1次上海事変。

第3巻(群狼の舞・ぐんろうのまい)―昭和7年~。
昭和7年3月1日満州国建国。執政愛新覚羅溥儀。
昭和7年5月15日五・一五事件。武装した海軍青年将校が犬養毅首相狙撃殺害。

第4巻(炎の回廊・ほのおのかいろう)―昭和9年~。
昭和10年8月12日相沢事件(永田軍務局長斬殺事件)。皇道派と統制派。
昭和11年2月26日ニ・ニ六事件。陸軍青年将校の決起、クーデター未遂。

第5巻(灰燼の暦・かいじんのこよみ)―昭和11年~。
昭和11年12月12日西安事件。蒋介石、張学良。通州事件。盧溝橋事件と支那事変。第2次上海事変。
昭和12年12月南京大虐殺。

第6巻(大地の牙・だいちのきば)―昭和13年~。
昭和14年5月~9月ノモハン事件。辻正信関東軍参謀。

第7巻(雷の波濤・いかずちのはとう)―昭和16年~。
昭和16年12月8日真珠湾攻撃。シンガポール陥落、山下奉文大将。
東條英機首相兼陸相兼参謀総長。マッカーサー西太平洋軍司令長官、アイシャルリターン。

第8巻(南冥の雫・なんめいのしずく)―昭和18年~。
ミッドウエイ海戦の大敗北。泥沼のインパール作戦。山本五十六連合艦隊司令長官撃墜死。

第9巻(残夢の骸・ざんむのむくろ)―昭和19年~21年。
ルーズベルト、チャーチル、スターリンのヤルタ会談。
広島長崎原爆投下。ソ連満州侵攻。
ポツダム宣言受諾、無条件降伏。シベリア抑留。国共内戦前夜。
通化事件ー昭和21年2月、旧満州国通化市で、日本人居留民が蜂起し、
中国共産党八路軍や朝鮮人民義勇軍に約3000名が惨殺された。
以 上